2011年4月に東電が公表した燃料プール「偶然の鎮火」は、その一ヶ月前には既に「都合よすぎる仮定」として疑問視されていた


2011年4月に東電が公表した燃料プール「偶然の鎮火」について、その一ヶ月前には既に「都合よすぎる仮定」として疑問視されていたことが分かりました。


2011年3月26日夜7時の時点での下記ファイルに記されている分析によりますと、燃料プールの燃料は一度1m程度露出したとされていますが、これはガンダーセン博士の説と全く同じです。


東電により偶然壊れたとされる仕切りについては、その一ヶ月も前に、『厚さ約 7cm(多分)の鉄板であり、破れたり、外れることは考えにくい』『燃料プールのゲートはプール前面の全幅ではなく、中央の1m程の幅しかないので、破れることは非常に考えにくい』と分析されています。


その上で原子炉側からの水の流入についてもシミュレーションされておりますが、『上記推論は、各所に都合の良い仮定を置いており、水がなくなっている可能性も大きいと考えます』と記されています。


この分析ファイルを東電が読んで参考にしながら奇跡のストーリーをでっち上げたとする可能性の方が、むしろ高いでしょう。

http://www.shippai.org/images/html/news559/YoshiokaMemo14.pdf


プール面積は 100m2 で、プール深さは約 14m ですが、水深は約 13m。ここに 1300 トンの水がありました。燃料は水 500 トンあれば露出しません。
この時点の崩壊熱は約 6MW で、先日の蒸発熱計算では1Mw 発熱で毎時 1.6 トン蒸発するので、1 日当りでは約 230 トンで、11 日から 15 日の爆発までの 4 日間で約 900 トンの蒸発です。引き算すると 1300-900=400 トン、となり、燃料が1m程度露出し、水素が発生したと考えられ、事態の推移と整合します。

今回、4 号機では、上図のようになっていました。図の赤い箇所は「ゲート」と言われ、ダムの水門のような仕組みで、厚さ約 7cm(多分)の鉄板であり、破れたり、外れることは考えにくいでしょう。
また、下記の東電資料の写真のように、燃料プールのゲートはプール前面の全幅ではなく、中央の1m程の幅しかないので、破れることは非常に考えにくいでしょう。この狭い幅を燃料が通過するわけで、現場でその作業を見
る度に「大事なわが子(燃料に)に傷を付けたら許さんぞ」と思ったものです。

以上から、燃料プールの燃料は一度露出したものの、プール底は健全であり、15 日の水素爆発で水門が破れたと仮定すると、原子炉側からの水の流入があり、また、放水の効果が大きければ、水位が維持された可能性がある、という推論です。
ただ、上記推論は、各所に都合の良い仮定を置いており、水がなくなっている可能性も大きいと考えます。


2011年3月26日夜7時


↓東電による鎮火理由。あの東電だけに信用できません。

http://judiciary.asahi.com/articles/2012030800001.html


東京電力福島第一原発の事故で日米両政府が最悪の事態の引き金になると心配した同原発4号機の使用済み核燃料の過熱・崩壊は、震災直前の工事の不手際と、意図しない仕切り壁のずれという二つの偶然もあって救われていたことが分かった。4号機の燃料の冷却に役だった水の相当量は、東日本大震災発生4日前の3月7日に外部に抜き取られる予定だったものの、改修工事の不手際で工程が遅れ、その結果として燃料貯蔵プールのそばに大量に存在しており、意図せざる仕切り壁のずれでできた隙間を通ってプールに流れ込んでいた。原子力安全・保安院の幹部の一人は「何かを人為的にやってそうなったのではなく、たまたまだった」と話している。